クリニックの「まさか」…横領問題は、なぜなくならないのか?~キャッシュレス時代の盲点と根深い闇~

便利になったはずの支払い、それでも残る「信頼」の落とし穴
近年、多くのクリニックでクレジットカード決済や電子マネー、さらには自動精算機が導入され、現金を扱う機会が格段に減りました。これにより、「横領問題も減るだろう」と思われたかもしれません。しかし、残念ながら、クリニックにおける金銭トラブル、特に横領の問題は根強く存在し続けています。
「まさか自分のクリニックで…」そう思う院長先生も多いはず。今回は、キャッシュレス化が進む現代においても、なぜクリニックの横領問題がなくならないのか、その背景と対策について深掘りしていきます。
「現金が減ったから安心」は幻想?キャッシュレス時代の新たな落とし穴

確かに現金を直接扱う機会は減りました。しかし、それが横領の完全な防止策になるとは限りません。むしろ、新たな手口や盲点が生まれているのが現状です。
自動精算機導入の盲点:レセプトとの「ズレ」
自動精算機を導入しても、その日の売上データとレセプト(診療報酬明細書)のデータが完全に連動しているか、定期的にチェックする体制がなければ、横領の温床になり得ます。
あるある体験談:
●「自動精算機が導入されて安心してたら、レセプトと日計表の数字が微妙に合わない日が続いた。調べてみたら、一部の会計が手入力で操作され、自動精算機の記録から消されていたことが発覚した…」
●特定の患者さんの支払いデータを改ざんしたり、支払い金額を過少に入力し、差額を抜き取ったりする手口も考えられます。
クレジットカード・電子マネー決済の管理不足
キャッシュレス決済が増えても、その入金サイクルや入金元口座の管理がずさんだと、横領のリスクは残ります。
あるある体験談:
●「クレカ決済が増えたから安心だと思ったら、担当者が決済端末から出る控えを不正に操作して、一部の売上を計上していなかった。入金チェックも他の業務に追われて後回しになってたから、気づくのが遅れた…」
●複数ある決済代行会社の入金状況を逐一確認していなかったり、入金が遅れた際に追跡を怠ったりすることで、不正が隠蔽される可能性があります。
「預かり金」「自費診療」など、現金が残る部分
保険診療はキャッシュレスでも、自費診療(美容、自費治療など)や保証金、預かり金などは依然として現金で支払われるケースが多いです。こうした「非定型」な現金の流れは、不正の温床になりやすい傾向があります。
あるある体験談:
「自費診療の患者さんの会計を、事務員が領収書を二重発行して、一枚は患者さんに渡し、もう一枚は破棄して現金を抜き取っていた。自費はチェックが甘くなりがちだったから、発覚まで時間がかかった…」
返金処理の悪用
患者への返金が必要な場合、そのプロセスが厳重に管理されていないと、架空の返金処理を行い、現金を抜き取る手口が使われることがあります。
未収金処理
「たまたま財布を忘れた」、「クレジットカードエラーが発生した」などなど、未収金処理の方法はいくらでもあります。
これについても、属人化から起こりうる事案です。未収金リストなどを共有できるノートなどで管理することで、漏れもなくなり、また追跡調査も忘れなくなります。
なぜ「まさか」の横領は起こるのか?その根深い心理と背景

横領は、単なる管理体制の問題だけでなく、人間の心理や職場環境に深く根差しています。
「信頼」という名の盲信
クリニックはアットホームな雰囲気を大切にする傾向があり、スタッフへの「信頼」が厚い場所です。しかし、この信頼が、時に不正を見過ごす原因となり得ます。「まさかあの人が…」という心理が、チェック体制の甘さにつながります。
管理体制の甘さ・属人化
少人数のクリニックでは、経理業務が特定のスタッフ(特にベテランや古参)に任され、その業務内容がブラックボックス化しているケースが多く見られます。
あるある体験談:
●「うちのベテラン事務員さんは、何でも一人でテキパキやってくれるから任せきりだった。まさか、日計表を二重に作って、院長に出す方だけ正しい数字にしてるなんて夢にも思わなかった…」
●現金の出納、通帳管理、レセプト業務、日計表作成など、複数の業務を一人で担当していると、不正が発覚しにくくなります。
個人的な経済的困窮や誘惑
横領の動機は、ギャンブル、借金、家族の病気、交際費、ブランド品購入など、個人的な経済的困窮や欲求が背景にあることが多いです。
「これくらいならバレないだろう」という慢心
最初は少額から始まり、バレないことに味を占めて金額がエスカレートしていくパターンも少なくありません。
内部告発の難しさ
小規模なクリニックでは、不正に気づいても内部告発しにくい雰囲気があります。告発することで自分の立場が悪くなることや、人間関係の悪化を恐れるためです。
横領を「未然に防ぐ」ために今すぐできる対策

横領問題は、発覚してからでは手遅れになることが多いです。未然に防ぐための対策を講じることが何よりも重要です。
1.現金の管理体制を徹底する
●二重チェックの義務化: 現金の入金・出金、日計表作成は、必ず二人以上のスタッフでチェックし、相互に確認する仕組みを導入する。
●現金精算機の導入: 自動精算機が導入されていても、現金を扱う箇所(自費診療など)には専用のキャッシュボックスを設け、毎日の残高確認を徹底する。
●釣銭準備金の厳格な管理: 釣銭用のお金を個人で管理させず、クリニックの資金と明確に区別する。
2.経理業務の「見える化」と「分担」
●業務の属人化を防ぐ: 特定のスタッフに経理業務を集中させず、複数のスタッフで分担する。少なくとも、現金を扱う人と帳簿をつける人は別にする。
●定期的な監査: 院長自身や外部の税理士、監査法人などによる定期的な内部監査を実施する。抜き打ちチェックも有効です。
●証拠書類の徹底: レシート、領収書、振込控えなど、金銭の動きに関する全ての証拠書類を適切に保管し、簡単に改ざんできないように管理する。
3.キャッシュレス決済の管理強化
●入金明細の定期的な確認: クレジットカード会社や電子マネー決済代行会社からの入金明細と、クリニックの売上データを照合する。
●複数人でのチェック体制: 入金確認も一人に任せず、複数人で確認する体制を作る。
4.内部告発しやすい環境作り
●匿名での相談窓口: 内部告発を受け付ける窓口を設ける(外部の弁護士事務所や顧問税理士でも可)。
●倫理規定の明確化: 不正行為に対する罰則や、コンプライアンスに関する規定を明確に提示する。
5.スタッフへの教育と意識改革
●不正防止研修の実施: スタッフ全員に対し、横領のリスクや不正防止の重要性についての研修を定期的に実施する。
●コミュニケーションの促進: スタッフが安心して働ける職場環境を築き、日頃から良好なコミュニケーションを心がけることで、不正の兆候を早期に察知しやすくする。
まとめ:信頼を守るために、疑う「目」と「仕組み」を

「信頼しているスタッフだから」という気持ちは大切です。しかし、横領問題は、その「信頼」に甘えたときに発生する可能性が高まります。
キャッシュレス化が進んでも、クリニックにおける横領のリスクはゼロにはなりません。大切なのは、スタッフを疑うことではなく、「横領が起きにくい仕組み」を構築すること、そして「横領に気づける目」を持つことです。
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